テイスティング・ルーム第9回
東京のとあるバーに集まる男女3人。
モルト通とはまだまだいえない初心者ながら、
マスターに勧められるモルトをテイスティング、勝手なおしゃべりをしています。
話の内容については、まあ大目に見てあげてください。
今回のウイスキー
- 1976年エドラダワー24年(シグナトリー)
- 1972年ヘブリディーズ28年(キングスバリー)
- 1976年グレンリベット24年
登場人物
マスコミ関係の会社に勤務。おいしいものをおいしいと言える、20代の素直な女性。
通販関係の会社に勤務する30代の男性。以前は著述業を副業としていたので、表現は独創的。
今回は、参加してますが・・・。
金融関係の会社に勤務する30代の男性。仕事がシビアな割に、舌の方の評価は優しい。
とあるバーのマスター。?代の男性。
今日は、テイスティングを始める前に、ちょっとしたクイズをしてみましょう。
えっ、どんなクイズですか。ドキドキですね。(笑)
ここに、一本の謎のボトルがあります。
ラベルは、「グレン・エドワーズ」、このウィスキーの蒸留所を当ててみて欲しいんです。
なるほど。
そういうことですか。
表のラベルには、「シングルモルト、そしてハイランドモルト」という表記があります。
裏のラベルには、日本語で説明が書いてありまして、 スペイサイド地区にある、ロングマン蒸留所で作られたと書いてあります。
また、1891年以来の伝統的な製法でスコッチモルトを作ってきた、という記述もあります。
熟成年数や蒸留年などの表示はありません。
だったら、ロングマン蒸留所じゃ、ないんですか。
う~ん、なかなか鋭い。(笑)
実は、このロングマンというのは架空の蒸留所なんです。
ボトラーが、何らかの事情で、本当の蒸留所名を出したくないために、 いろいろとヒントを付けてあるということです。
ここに、土屋守氏の「モルトウィスキー大全」(小学館)を用意しておきました。
これを参考にして貰っても構いませんので、夏の夜のミステリーを解いてみてください。
わかりました、趣旨は。(笑)
さあ、どこでしょうか。
(一同微笑。しばし、沈黙。)
値段的には、あまり高価なものではありません。
「大全」の索引を見ても、「グレン・エドワーズ」という名前は出てこないですね。
まあ、そうだろうね。
色と粘りはしっかりとしているみたいですね。
まあ、推理ゲームと思って、答えを考えてみてください。
価格がさほど高価ではないということは、結構、ポピュラーなのでしょうか?
(テイスティングしながら)
ほお、なるほどね。
味の方は、ボディ感がしっかりと出ていて、良い出来なんですよね。
本当に良い色で、高い香りですね。
ああ、本当に良い色ですね。
ウィスキーというのは、ラベルの中に全情報が掲載されているんですね。
あとは、知識さえあれば、どこで作られた物かというところまでは、 アプローチしていけるようになっています。
ヒントを整理すると、まずスペイサイド地区のシングルモルトであるということ。
そして、1891年に創業されているであろうということ。
後は、「ロングマン」という名前と、「エドワード」という固有名詞ですね。
「ロングマン」だから、ロングモーンなんていうのは、駄洒落だよね。
味の印象は近いように思うけれど。(失笑)
ちょっと苦しすぎるよ。
味は、とても飲み易いけれど。
そうすると、蒸留所の創業年あたりから近づくのが良いんでしょうかね。
そういうことですね。
じゃ、第二ヒント。
ところでP君(注、チーフバーテンダー)、 1891年創業のスペイサイド地区の蒸留所はどこかね?
ストラスミルとクレイゲラヒですね。
そうすると、「大全」を読めば、絞り込んでいけるということですね。
じゃあ、クレイゲラヒってことじゃないの。
クレイゲラヒなんだ。
ちょっと、読んでみていいですか。
どうぞ、読んで見てください。何て書いてありますかね。
クレイゲラヒの意味は、「無情に突き出た大岩」。
蒸留所の創業は1891年。
まず、創業年のヒントが符合したね。
うん、うん。
創設者のピーター・マッキーは、当初、アレキサンダー・エドワードと パートナーシップを組んでいた。
ほら、「エドワード」が出てきた。
そして、ピーターは、「休みを知らないピーター」と呼ばれ、 巨漢で、実にエネルギッシュな男だったと言う。
大男のことを、スコットランドでは、「ロングマン」と呼ぶんですよ。
ああ、ビートルズの「ロングトール・サリー」みたいな表現ですね。
全部のヒントが揃ってしまいましたね。
だから、クレイゲラヒと判明するわけですね。
ああ、なるほど。
とても楽しいゲームですね。
以前にも「グレン・フレイザー」というシングルモルトが出されていましたが、 ラベルにインバネスで作られたという表記がありました。
その時は、インバネス地区の蒸留所を探してみて、 創業者がウィリアム・フレイザーであることから、 ロイヤル・ブラックラであろうということになりました。
ほうほう。
ちなみに、お味の方の御感想はいかがですか。
ナッツっぽい甘さがありますね。
ちょっと切り立てのアルコール臭は残りますけど、 しっかりとしたボディがあって、余韻も長めで、良い出来だと思いますね。
若いとは思うんですが、割と良い出来ですね。
1976年エドラダワー24年(シグナトリー)
では、最初のテイスティングに行きましょうか。
一本目は、シグナトリーが瓶詰したエドラダワーです。
エドラダワーは比較的、 珍しい個性的なモルトとして知られていますね。
蒸留は1976年で、熟成は24年ですね。
香りの印象から楽しんでみてください。
ああ、初手からエドラダワー独特の香りが。
とっても甘い香り。
通常のオーク樽ですから、 色の方はあまり濃くないようですね。
確かに甘さは強いですね。フルーティーな印象もあります。
後からアルコール臭と麦の香り。
(各自、テイスティングに移る)
舌に乗せた印象は予想以上に軽い。
もっと、どっしりとヌガーっぽいかと思ったんだけれど。
これの香りはね、炭とフルーツと消しゴム。
ウフフ。
エドラダワーと言うと、独特の、クリーミーな、 ミルクキャラメルの味わいが有名なんですが、これはちょっと違いますね。
確かに、甘さの中にフルーツを感じるエドラダワーは珍しいですね。
これ、なんだかウィスキーじゃないみたいだな。
これは駄目だな、僕には。
だんだん消しゴムの匂いが強くなってきた。
舌の奥の方に、変な苦みがパッと広がってくる。
そんな感じしますね。ちょっと塩っぽいような。
舌の上でザラザラした印象もあるよ。
これはね、魚の焦げた皮を漬け込んで、澱の出た白ワインみたいな味。
ウゲッ、何その表現。
飲みたくないワインだね。
アルコール度数は何度ですか。
50.8度ですね。
度数ほどにはアルコールを感じないけど。
何だこれは、って感じ。
子供用の歯磨を付けた歯ブラシで、舌をガリガリこすったような触感。
うん、うん。
これは確かに、香料入りの消しゴムですね。
余韻は長めですけど、僕にはあまり好ましい感じではないですね。
飲んだことは無いけれど、石油っぽいような。
加水してみましょうか。
アルコールが弱まって印象が変わってくるといいね。
色は白っぽくなってきましたね。香りは、消しゴムの印象が強まってきました。
わかったぞ、これはエドラダワー蒸留所で作られたウゾーなんだ。
(爆笑)
50度以上あれば、ウィスキーでも白濁します。
やっぱり加水しないほうが良いかも…。
ああ、人工の香料みたいな、フレグランス。
芳香剤っぽい香りのような。
わざとっぽい香りだよね。
岡本太郎作品のような感じだね。
エドラダワーにしては軽いですよね。
強いて言えば、レーズンのようなドライフルーツとかには合うのではないかと…。
まだ、口の中に液体があるうちは良いんだけれど、飲み込んで喉に下がってしまうと 口の中に残された香りが、何だか人工的な香料のいやらしさのように感じてしまう。
全ては、天然と自然が作り出したものだけれど・・・。
あっ、わかったぞ。これは、まさしく昔食べた「イブ」っていうガムの味ですよ。
(懐かしそうに)ああ、そうそう。
(懐かしそうに)ああ、そうそう。
今も売っているのかな。
これは、香水の香りがする、さっぱりとした味わいのウィスキーですよ。
とても不可思議なフレーバーですね。
1972年ヘブリディーズ28年(キングスバリー)
では、二本目に行きましょうか。
次はですね、「ヘブリディーズ」となっている キングスバリー瓶詰のタリスカーです。
1972年蒸留の熟成期間28年、シェリーバットですね。
(グラスに注がれる)
しっかりとした赤い色が出ている。
これは完全にフルボディですね。
ワインのようにしっかりした赤い色ですね。
(ノージングしかけて)
おおっ。
ウワッ。
ああ。
まさにタリスカーの香り。磯の香り、潮の香り。
見た目の色と全く違う印象の香りです。
こんなにも洋酒っぽい色なのに。
(テイスティング)
う~ん。期待を裏切らない、ヨード臭と、タリスカー独特の味わいですね。
いかにもタリスカーがシェリー樽で長期熟成されたという印象ですね。
ああ、これは良いです。
本当に素晴らしいですね。
舌の上に乗っかった時に、ジワジワ染み込んでくる感じがする。
最初は、渋い感じがしたけれど、途中から甘くなってくる。
本当においしい。
後味にしっかりとシェリーの印象が残って。
香りも、だんだん華やかさを増してきた。
舌の上にある時よりも、流し込んでからの方がおいしくなるような気がする。
本当に、華やかで、素敵。
しょっぱさ、酸味、濃厚なフルーツ、甘み。全体はヨードっぽくて、磯の香りに包まれて。
1972年の蒸留だと、タリスカー蒸留所がモルティングしていたかどうか、微妙な時期ですね。
香りの中にピーティーさはありますね。
あまり煙っぽくはないですけれど。
おいしい。
シェリー樽の長期熟成の良さが出ていますね。
加水してみましょうか。
加水すると、渋味が取れていいね。
うん、舌の上に乗せた印象がフンワリとしてくる。
趣味の差はあるだろうけど、こっちの方が万人受けしそうだね。
最初に来るキュッとした感じが無くなりますね。
渋味とか、最初の強さは切り立てだからでしょうかね?
そうですね、今日は封を切り立てですからね。
しばらくするとアルコールの強さが無くなって、 最初から良い感じになるんじゃないんでしょうか。
これ、本当にいいな。
今回、キングスバリーから、タリスカーが二本同時に出されまして、 一本が今日の72年蒸留のシェリーバット、 そして、もう一本が70年蒸留の、バーボンカスクです。
シェリーの方は、540本と数が多いのですが、 70年のバーボン樽の方は180本と少なくて、完売になっています。
もう、70年はお店では買えません。
ここでは、飲めるけどね。
1976年グレンリベット24年
それでは、最後の一本に行きましょうか。
1976年蒸留のグレンリベットのシェリー樽熟成です。
熟成期間は24年ですね。
さっきのタリスカーは赤い色でしたが、 このグレンリベットは、赤みががった褐色ですね。
確かに、ちょっと茶色っぽいね。
フワーっと広がってくるフルーツの香り。
ああ、甘い香り。
ドライフルーツみたいだな。
度数は57度あります。
最初の印象は、ヘザーハニーに、ドライフルーツ。
盛り上がってくる香り。
甘いバターっぽい香り。
これはバターじゃなくてね、アボカドだと思うな。
うん、そんな感じある、ある。
これは、典型的なシェリー仕上げのグレンリベットですね。
そうそう、ヘザーハニーの甘さのうえに、干し葡萄を混ぜたような。
ああ、すごい嬉しい。
ボディはしっかりとしていて、余韻の方も長め。
この甘くて長い余韻は良いですね。
度数が57度と高い割には、それほど強い刺激もないですね。
タリスカーは、締まった感じでしたが、グレンリベットの方は柔らかいような印象ですね。
口の中に入って、後味がモワモワっと固体化するような存在感があるね。
加水してみてもいいですか。
そうしましょう。
香りがゴムっぽくなってきた。
ああ、本当だ。
微かにゴムの匂いを感じていたんですが、加水したら強くなってきましたね。
こりゃ加水しない方がいいね。
うわっ、あっまぁーい。
若いモートラックなんかでも感じるんですよ、こういうゴムっぽさ。
なんだかよくわからなくなってきてしまった。
甘さだけはすごく前に出てきましたね。
加水してしまうと、干し葡萄っぽいシェリー樽の良さがどこかに飛んでいってしまって、 蜂蜜っぽい甘さとゴム臭さだけになってしまう感じだね。
こんなに変わるんですね、とっても不思議ですね。
タリスカーの方は、加水したら良さが出てきたのに、 こっちのグレンリベットは、だらしなくなってしまったようです。
グズグズになってしまった。
うん、そんな感じ。
加水しない方がいいみたいですね。
そろそろ総括しましょうか。
加水しない状態では、グレンリベットが良かったと思います。
でも、トータルでは、タリスカーになりますね。
今、ここで色を比べてみると、確かにタリスカーの赤い色はしっかりとして、 きれいに出ていますね。
グレンリベットの方は、赤さに褐色がかっています。
グレンリベットとタリスカーを比較するのに、どちらも加水しないという前提をおいて、 舌に乗せた時の香りの高さ、最初に来る味わいの印象、 そして、飲み込んでから、喉の奥から戻ってくる時の香りまで考えるとしようか。
タリスカーについては、最初から香り高くて、 しょっぱさもありながら、甘さもしっかりと出ていて、 飲み込んでから、また香りとともに甘さは返ってくる。
そしてしっかりと余韻が続くという、トータルな魅力が評価できるね。
一方、グレンリベットは、蜂蜜甘さと干し葡萄がバランスはしているけれど、 微妙な均衡になっていて、ちょっと頼りない感じがする。
僕もそうだね、タリスカーの方が変化があって面白い。
このタリスカーは、うちにある1955年頃に蒸留されたものに通じるものがありますね。
グレンリベットは、時間が経つと、ゴム臭さが出てきたり、 加水するとグズグズになってしまうのも、マイナスだよね。
最初に飲んだエドラダワーは、ユニークなモルトの、更に異色な存在だよね。
自然が生み出した人工。昔懐かしい香水のガム。不思議な味。
面白いと言えば、確かに面白い。
まあ、エドラダワー自体がウィスキーらしくないですからね。
すいません、ちょっといいですか。
さっきの「加水しない状態ではグレンリベット」って言ったの撤回させてください。
みなさんの発言を聞いていて、やっぱりタリスカーが一番だと思います。
やっぱりそうだよね。